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音楽がダニエルを機械学習による海洋研究へと導いた
コミュニティ カレッジに通い始めたころのダニエルは、エンジニアリングとは何かさえ理解していませんでした。そんな彼は、今では機械学習を使って絶滅危惧種のクジラを追跡するなどの躍進的なプロジェクトを進めています。
ダニエルの母ベティーさんが、彼の父ナルシソさんに出会ったのは、教会の旅行でメキシコのサンブラスを訪れたときのこと。お母さんはスペイン語が話せず、お父さんは英語が話せませんでした。2 人は別の方法でコミュニケーションをとりました。それが音楽だったのです。
カリフォルニア ポリテクニック州立大学に通う 26 歳ダニエルは、小さなころから音楽を聴いて育ちました。両親は、伝統的なスタイルのメキシカン トリオバンド「トリオ グアダルペーニョ」を結成し、毎週のように練習し、キンセアニェーラや洗礼式などのお祝いやパーティーで演奏していました。音楽に囲まれた子供時代でした。
物理の授業で音波が耳の中を伝わる仕組みを学んですごく興味が湧いたんです。あんな波形が人間の感情のもとになり、私たちを幸せにしたり元気づけたりしてくれるんですから。
ダニエル デレオン氏
コミュニティ カレッジの物理の授業でのことでした。ダニエルの音楽に対する愛が、音を科学する情熱へと進化したのです。子供のころから慣れ親しんだ音楽と新たに学んだ音響学の知識がつながり、競争率の高いモントレーベイ水族館研究所(MBARI)でのインターンシップを勝ち取ることができました。MBARI では、研究者のダネーレ クライン氏とジョン ライアン氏が進める海中でのクジラの鳴き声の研究を手伝うことになりました。
クジラは音を使ってコミュニケーションをとります。私の両親が初めて出会ったときのようにね。2 人にとって音楽がどれほど重要だったか、あらためて考えることができました。
ダニエル デレオン氏
絶滅が危惧されるナガスクジラとシロナガスクジラの鳴き声と、彼らの移動パターンの変化を追跡することで、研究者達は、人間が海洋生物にどのような影響を及ぼしているかを幅広く理解することができます。ライアン氏とクライン氏は、音楽を心から愛するダニエルなら、海深 900 m に設置した水中聴音装置が捉える音を聴きながらひと夏を過ごすことも厭わないのではと考えました。しかし、ダニエルが直面した仕事は、だた音を聞くだけでなくもう少し複雑なものでした。
地球の表面の 70% を占める海。とても深いのですが、23 m ほど潜るだけで 99% の光は届かなくなります。一方、音は数千 km 先まで届きます。そのため海洋哺乳類は、重要な生命活動には必ず音を使用します。彼らが発する音を聞くだけで、海中での活動について多くのことが学べます。
海洋生物学者、ジョン ライアン氏
水中聴音装置を使って 24 時間体制で録音を続けた結果、研究者たちは思わぬ難題に直面しました。データが多すぎるのです。記録したすべての音声を 1 人で詳細に分析すると 1,000 年近くかかる計算です。ダニエルの仕事は、Google のオープンソース機械学習ツール「TensorFlow」を使用し、数年がかりではなく、たった数日で大量の音声ファイルを解析してクジラの鳴き声を識別することでした。
ダニエルは、MBARI でインターンとして働くまで TensorFlow を利用したことはありませんでした。しかし、数学は得意でした。ある意味本質的には、機械学習も数学なのです。データを分析し、パターンを認識する方法を学習するための一連のアルゴリズムなのです。
ナガスクジラとシロナガスクジラは、地球上で最も大きな鳴き声を発する動物種の 1 つです。彼らが発する低周波の鳴き声は、海中を伝わってかなり遠くまで届くため、研究対象としては最適です。MBARI の水中聴音装置を使用すると、最大 500 km 離れた場所のクジラの鳴き声を録音できます。
水中聴音装置で記録した音波を TensorFlow で解析するには、視覚データに変換しなければなりません。そこで、時間の経過に応じて音をマッピングし、スペクトログラム形式で視覚化しました。ダニエルは、このスペクトログラムを次々と TensorFlow モデルに読み込ませて、ナガスクジラとシロナガスクジラの鳴き声がどんな風に見えるかを学習させました。基本的には犬のしつけと一緒で、機械学習のモデルに何度も繰り返し学習させます。学習させるサンプルが多ければ多いほどモデルの精度が向上します。ダニエルが TensorFlow モデルに読み込ませたクジラの鳴き声のサンプルは、最終的に 18,000 件を超えました。
機械学習って要するに、コンピュータがパターンを認識できるようにすることなんです。
ダニエル デレオン氏
ダニエルが時間をかけて TensorFlow モデルに教え込んだ結果、98.05% の精度でクジラの鳴き声を認識できるようになりました。さらに、ナガスクジラとシロナガスクジラの鳴き声の識別、鳴き声が発生した時刻、鳴き声の大きさや長さの把握まで可能になりました。
シロナガスクジラ
ナガスクジラ
私たちは今、海洋科学にとって非常に重要な局面にいます。そしてこれは、機械学習にとっても興味深い局面です。ほんの 5 年前まで不可能と思われていた問題を解決できる環境が整ってきたのですから。
ダネーレ クライン氏、シニア ソフトウェア エンジニア
ライアン氏とクライン氏が進めていた研究において、ダニエルの機械学習による研究が、クジラの鳴き声を自動で検出して識別するための礎となりました。おかけで研究が一気に加速し、もっと大きな疑問の解明に取り組むことが可能になりました。たとえば、この巨大生物の移動パターンが大昔からどう変化してきたかが解明されれば、騒音や気候変動など、水上の人間が及ぼす影響が海中生物にどう広がっているかがわかるかもしれません。
研究者になるなんて思っても見ませんでした。そんなこと無理だと思ってたから。でも世界や宇宙の仕組みにはずっと興味があって、それが僕の探求心に火を点けたんだと思います。
ダニエル デレオン氏